当サイトはPRが含まれています。

貧乳を思ふ

貧乳

貧乳ということば

いきなりですが「貧乳」って言葉おかしくね?
「貧」ってなんなんだと、そりゃないぜと。。
「貧相」だとか「貧困」だとか、なんかネガティブなイメージ。
貧乳が好きだからこそおかしくね?て思う。
いや違うんだ、おっぱいが小さいってのはポジティブなんだぞと。それを貧乳だなんて、あんまりじゃないか。心の底から嘆かわしい。小さいおっぱいに対して失礼であり、敬意が足りてないのではないだろうか。だって、おっぱいが小さいってのは、極めてレアでありプレミアムで美しくて、本当に素晴らしいことなんだぞと。その素晴らしい「小さなおっぱい」を貧しいなんて字で表すなんて度し難い。いや、本当に。。

貧乳以外の言い方

それならどんな表現ならいいのか。
一般的認知度から考える。メジャーなところで「微乳」だとか「ちっぱい」だとかって言葉もあるわけで。
まず「微乳」って言葉はどうだろうか。これはなかなか良い。響き的にも「微乳=美乳」的な雰囲気で非常に良い。微乳を象徴するような美しさが響きからも感じられる。
でもね、会話の中で「微乳」っていうと、それは「美乳」と勘違いされるわけで。
確かに言わずもがな微乳は美しい。そりゃそうなんだけど、こちとら小ささにフォーカスしているのも関わらず、幅広く「美しい」と捉えられたら、おっぱいが大きくても小さくても「美しさ」にフォーカスされるのであって、会話が噛み合わないのも当然である。だから「微乳…、小さいほうのビニュウのことで…」なんて注釈を入れながら話すことになる。それは難儀であり気持ち悪がられる。だから微乳ってのは字面だけなら問題はないが、音にすると色々不都合が出てくるのだ。
じゃあ「ちっぱい」ってのはどうだろう。響きとしては可愛いと思う。思うんだけど「ちっぱい」って言葉はなんか照れる。個人的に恥ずかしい。羞恥プレイとしてはご褒美なんだけど、どうしても使い慣れない。このように、ちっぱいという言葉に照れみたいなものを感じる紳士は多いのではないだろうか。
自分的には「ちっぱい」はちょっと気まずい。
結局のところ、崇高で美しく小さいおっぱいのことをどう呼ぶべきかって話になるが、世間的に一番認知されててスッと意味が通る言葉が最適なのではないだろうかと思い至る。

アダルト関連サイトでの認知は?

いろんなアダルト動画サイトで貧乳・微乳・ちっぱいでサイト内検索をかけてみる。すると、圧倒的に「貧乳」の検索結果数が多いとう現実をつきつけられた。それはもう圧倒的に…。
ああそうか、世間的に小さいおっぱいは「貧乳」なんだなと、そういう結論なんだなと。じゃあもうこの切ない現実を受け入れるしかなんだなと。
まぁそれならそれで仕方がない。多数派に抗うことはできないので、わかりやすいようこのサイトでも本意ではないが。「貧乳」と表記させていただくことする。せめて、貧という字の仄暗い印象を感じさせないよう、貧乳がいかに美しく愛すべきものなのかを、みなさんに知ってもらえるよう努力していくしかない。

貧乳の良さとはどういったところなのか

数ある性的嗜好というか、フェチズムというか、エロに求める要素は人それぞれであろう。
そんな数あるカテゴリーの中でも「貧乳が好きだ」という紳士も多いのではないだろうか。
言わずもがな「巨乳好き」のほうが数的に上回っていることくらい肌感覚ではわかっているつもりだ。だから彼らと争う気なんて全くない。いや、むしろ共存していけるとすら思っている。
そこで、貧乳がいかに素晴らしいかということを伝えさせてほしい。

どこからが貧乳なのか

まず、何を持って貧乳かって基準みたいなものはあるのかって話なんですが、結論から申し上げると、そんなものは存在しない。
単純にカップサイズは判断材料になりそうだなって思う人もいるでしょうが、トップ/アンダーによって同じカップサイズだとしても、見え方や質量なんか全然違うわけで、カップサイズなんてそんな単純な話ではない。
じゃあAVのパッケージに貧乳、微乳、ちっぱいって書いてあったら貧乳でしょうって、そう思うのは仕方ないが、それも違うと筆者は思う。
AV動画のサイトで「貧乳」って検索したらわかると思うが、「普通におっぱいデカくね?」みたいな作品が結構ヒットするわけで。
結局のところ、自分の感覚で判断するのがいいと、これに尽きる。
先程カップサイズは判断基準にならないって話をしたわけだが、そりゃAAAとかまでいくと貧乳以外ありえない。だから何というか、貧乳とそれ以外の境目、いわゆるグレーゾーンおっぱいを貧乳判定できるのは、自分の中では自分しかいないということである。
結論として貧乳とは、「自分が貧乳と思う」もの以外何ものでもないということである。

貧乳ノムコウ

「貧乳好き」を自称する人が数多くいるのは周知の事実ではあるが、その各々は貧乳なら何でもいいと思っているわけではないのも知っておいてほしい。人それぞれ「好みの小ささ」ってものがあるわけで、これが貧乳という概念をより複雑なものにしているのは否めない。
それは、ガチで膨らみのない胸板に乳首だけついてるような極貧乳好きな紳士もいれば、Cカップくらいありそうだなってサイズを好む自称「貧乳好き」ってのも存在するわけで。
またその両方をカバーできる守備範囲の広い紳士も当然ながらいらっしゃる。
さらに言えば乳輪・乳首の色や形状など、細々としたところまでこだわりがあったりもする。
訊かれてもいないが、筆者の好みの貧乳は若き日の神田るみさんのおっぱいがストライクである。欲を言えば陥没していて乳輪がぷっくりとした乳首ならパーフェクトだ。
貧乳とは本当に奥が深いものなのである。

貧乳のススメ

もし貧乳の良さがわからないという思想をお持ちの紳士がいるのであれば、それは本当にもったいないことだと思う。
確かにおっぱいを揉んだり、パイズリなんて行為にスポットを当てれば、巨乳こそ正義だということは理解できる。
歩くたびにゆさゆさ揺れるメロン。海よりも深い白い谷間。おっぱいが大きいというだけで世の少年たちが抱える大人への反抗心や、社会が抱えるあらゆる矛盾に起因する陰鬱とした闇を明るく照らし、穏やかで健やかな日常を人々に与えてくれるであろうことは疑いようのない事実ではある。巨乳は聖(性)なる暴力ですらある。
そんな評価が浸透しているデカパイに対して、貧乳という貧しき十字架を背負った小さいおっぱいが、デカパイに対してなにができるのだろうかと。絶望している紳士もいるかもしれない。
だがしかし、貧乳には貧乳にしかない輝きと魅力があるのだ。
それを説明しよう。
まず最初に、貧乳はとにかく女体形状が美しい。控えめなおっぱいは、女性の体が持つ柔らかな曲線美を際立たせる。これは完全に全体的なバランスの話で、もはやデザイン美学の話と言っても過言ではない。そう、デザインとして完全に優れているのである。
次に大事なのが、おっぱいの小ささから漂う幼さだ。これはロリコンどうこうって話ではなく、大人の女性から幼さを感じることに心がときめくという、いわゆるギャップ萌えに近い感覚なのではないかと考えている。前提として筆者はまずロリコンではない。こと未成年女子には1ミリも興味がない。アダルトの土俵に上がっていいのは大人の女性であり、成熟していない女の子には性的興奮を感じることがない。
ただただ、大人の女性の小さいおっぱいから漂う幼さ、未熟さに愛しさを感じ、惹きつけられるということである。貧乳であるだけで「かわいい」というアドバンテージを有しているということだ。
したがって、「貧乳はかわいい」。それ以上の説明はできない。
「可愛いは正義」などという言葉があるように、これはもう「貧乳は正義」なのである。

巨乳もアリ寄りのアリって話

どうだろう、貧乳の魅力は伝わっただろうか。
ここまで貧乳について語ってきた筆者だが、巨乳を否定する気持ちは一切ない。巨乳でも素敵な女性はたくさんいるし、その魅力も理解できる。貧乳狂である筆者にだって、実は巨乳のお気に入り女優はいるのだ。例えば桜空ももさん。彼女は、お顔は可愛くてスレンダーで、おっぱいは大きい。そしてなによりエロい。なんぼ貧乳が好きだからといって、彼女のおっぱいが小さければ…などと空想することもない。桜空ももさんはあの顔、あの体型、あの声、あのエロさだからこそ魅力的だと思う。そこは否定の余地などないのだ。
このように、私は貧乳に異常な魅力を感じているだけで、巨乳を否定しているわけではない。むしろ、ぜひ巨乳派の紳士にも、貧乳の魅力に気づいてほしいと願ってやまないのである。

筆者は世の中のご紳士たちに貧乳の魅力を伝え、理解してもらえるように頑張って活動し、生きているうちに空前の「貧乳ブーム」がくることを夢見ている。

以上、長文をここまで読んでくれた紳士がいかほどいらっしゃるのか甚だ疑問ではあるが、貧乳についてのPRを終了する。

ご一読いただき、ありがとうございました。

コメント